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徒然花

生きる意味を求めて

「居場所」はどこにでもある

「ああ、これが居場所か」と

わたしが感じたときのことを

もう少し詳しく書いてみたい。

 

《世界》とわたしが

分断している感じがすると、

何度も書いてきたが、

 

この分断している状態のとき、

わたしの心理状態を端的に示せば、

 

「孤独」

「怖い」

「寒い」

 

となる。

 

 

《世界》に対して無関心なので、

趣味などはなく、

交友関係も極端に狭い。

 

それだけでなく、

誰かに相談することや、

頼み事をすることもない。

だから、

相談や頼み事をしないといけないときは、

心底うんざりしたものだ。

 

以上が「孤独」の由来。

 

 

《世界》との関係を絶っているので、

基本的には人を信頼していない。

 

信頼していないだけに留まらず、

基本的には疑心暗鬼の状態だ。

とにかく人を疑っている。

 

例えば

初対面の人と会ったときなら、

自分の容姿・言動・ふるまい・くしゃみや呼吸の仕方まで、

全てが悪口の対象になるんじゃないかとびくびくしている。

 

相手が仮にそんなことを意にも介さずに

話をしていたとしても、

気になってしまってしょうがないのだ。

 

人からどう見られているのか、

変なヤツ、ダメなヤツと

見られているんじゃないかと思うからこそ

他人の容姿や言動について、

見下すような思いがすぐに頭を支配する。

 

自分は勝っている、

と常に思っていたいわけだ。

劣っていることが怖いし、

他人に陰口を叩かれているんじゃないかと思うと、

それもとても怖い。

 

他人を信頼できないのと、

劣っていることが嫌なのと、

陰口を叩かれるかもという想定が、

「怖い」の由来。

 

 

最後の「寒い」というのは、

単純な比喩だが、

あったかいの反対の意味で使っている。

 

以上のような感覚に

常日頃から苛まれていたのだが、

「居場所」がこの現状に

衝撃を与えてくれた。

 

どのような衝撃かと言えば、

《世界》に対して

 

「孤独」

「怖い」

「寒い」

 

と感じていたのだが、

 

「(誰かと)つながっている」

「安心」

「あったかい」

 

とそれぞれに対して感じたことだ。

 

例えば、

一番上の「(誰かと)つながっている」というのは、

ハワイに行った体験が強く影響している。

 

ハワイの島の人たちは、

道をすれ違うだけでも

黙ったまますれ違うことがない。

 

最低でも「やぁ」という挨拶があり、

かなりの確率で「元気かい?」と訊かれる。

 

こんな人もいた。

「やぁ、元気かい?

 俺はあそこの学校の学生なんだぜ。

 機会があったら来るといいよ。

 いい1日を過ごせよ。じゃあな!」

 

これを、

すれ違っただけのわたしに話してくれるんだから、

孤独や恐れを感じていた自分には驚きだった。

 

他にも、こんなことがあった。

現地のタクシーを降車するときの支払いで、

旅も終わりに差し掛かっていたこともあり、

現金が1ドル足りなかった。

そのタクシーはカードも使えなくて、

1ドル足りないことを伝えると

 

「ああ、いいよいいよ。

 そのかわりさ、

 俺が日本行ったときに、

 空港まで迎えに来てくれよ!」

 

頭が上がらなかった。

イケメンすぎる。

 

ハワイの人たちは、

袖振り合うも多生の縁を地で行っている。

 

ハワイは、

道を歩いているだけでも、

タクシーに乗っただけでも、

「居場所」を感じることができた。

 

そこには、

「ハワイ島」という大きな場が、

「居場所」のようなはたらきをしているとすら思えた。

 

本来は、

常に、

誰かと「つながっている」のだ。

 

そこにいていいという安心感、

生きていていいんだという安心感が

そこにはあった。

 

そこにいる「人」次第で、

「居場所」なんてどこにでも作れるんだなと

思わせてくれた体験だった。