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徒然花

生きる意味を求めて

わたしの閉塞感

いろんな人に

「君はフットワークが軽い」とか

「君は素直だね」とか言われる。

 

なんで言われたことをすぐ行動に移すのか。

それは取りも直さず、

今わたしが感じている閉塞感に由来する。

 

その閉塞感が、

わたしにとっての痛みであり、

早くそこから脱したいと思うから。

だから、やれることはやろうって思う。

 

わたしにとっての閉塞感。

それは、今の生活が、

今後何十年と続くということ。

 

「今の生活」が指すもの、

それは

別段楽しくない人生、

 

だけど食べていかなきゃいけないから

致し方なく就職をする人生、

 

やりたいことが何かあるわけじゃなく、

ただただ毎日が過ぎていく人生、

 

仕事はできないことが沢山あるから

段々「ここにいてはいけないかも。。。」

と思い始めて、苦しくなる人生、

 

そして

この苦しみが

あとどれだけ続いていくのだろう。

40年? 60年?

医療技術が進歩したら80年経っても

死ねないかもしれない。。。

 

そんな漠然とした不安がのしかかってくると、

「こんな辛いことが死ぬまで続くなら、

いっそ今、死んでしまった方がいい」

という思考の渦に陥る。

 

もちろん、

死ぬ度胸はないから、

自殺なんてしないし、できない。

退っ引きならない今がずっと続く。

 

だから、

嫌だ嫌だと言いながらでも、

毎日きちんと学校や仕事に行く人たちは

本当に凄いなぁといつも思う。

 

忍耐強いっていうか、

見ていて不思議に思う。

どうしてそこまでできるのか、と。

 

家族を持つと変わるよと

言ってくれる人もいるが、

家族を持つことは

煩わしさが増えるだけっていうイメージしか

今のところは持てない。

 

 

 

この辺りが、

自分が感じている閉塞感の大筋。

こういう閉塞感を抱えていると、

 

「自分が生きている価値はない」

「自分には何もできない(何もない)」

「現状が永遠に変わらない」

 

という、

このブログの一番最初の記事に書いた思いが、

むくむくと首をもたげる。

 

しかし、

今は、

この真っ暗闇に、

ぼんやりとした一条の光が差している。

 

更に、

「穴を埋める」という経験を通して、

世界の認識の仕方が雑であることを知ったので、

上に書いたような閉塞感にも、

いくつか取りこぼしている点があるのだろうと

今では思っている。

 

その取りこぼしを、

一つずつ拾い上げて、

わたしがもともと持っていた感覚を

取り戻していきたい。

 

また、

なぜ一条の光が差すようになったのかも、

折を見て書いていきたい。