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徒然花

生きる意味を求めて

「全能感」と「プライド」

全能感という言葉がある。

「自分は何でもできる!」と思う気持ちのことだ。

 

この全能感は、

プライドとくっつくと、

ちょっと厄介なものになる。

その話を少ししてみたい。

 

 

わたしは今、

ある仕事のようなものを

 引き受けているのだが、

一向に手が進まない。

 

そこで

ある人から、

こんなふうに言われた。

 

60点や70点の仕事をするんじゃなくて、

とりあえず、20点くらいでいいから、

出してから考えな。

 

ここから分かることは、

非常にシンプルで、

わたしは、高得点を狙うがために、

稚拙なものを出してはいけない、と思っていた。

 

しかも、

それは崇高な理念によるものではなく、

単にできなさすぎて、

恥ずかしくて出せない、

というものだった。

 

頼まれている作業は、

自分が全く手を出したことのない分野で、

作っていて自分でも恥ずかしくなるくらい

つたないものしかできていなかった。

 

だから、

なかなか手が進まないし、

取り組む時間も、

日に日に減っていった。

 

実はこの「取り組む時間が減る」という行動は、

プライドと密接にくっついた

「全能感」に由来していた。

 

全能感は、

「わたしは何でもできる」という思い。

そしてわたしの中には全能感がある。

 

ここで困ったことには、

わたしの中には「できないことは悪いこと」

という子供の頃から培った考え方がある。

この2つが組み合わされると厄介なのだ。

 

「できないことは悪いこと」なので、

わたしにとって「できない」ということは

心が痛むことだ。

なぜなら、「何でもできる」筈だからだ。

 

なので、

できるだけ心が痛まないようにしたい。

 

そこで、

小さい頃のわたしは、

傷つかない方法を考えた。

 

それは

「やったらできるけど、今はやらない」

という方法だった。

 

「今やらない」理由というのは

いくらでも思いつく。

・時間がない(忙しい)

・やりたくない

・技術がない

・他にやることがある

・お金がない

・知識がない

等々

 

こうして、

理由を見つけては

先延ばしにすることで、

やらない選択をしていく。

「いつでもできる」から「今はやらない」のだ

 

 

では、

そうやって全能感をこじらせてしまった場合、

どのようにしたら抜け出せるか。

 

残念ながら、

ウルトラCのようなものはない。

 

でも、

一つ一つ、

その全能感とプライドのからまりを

解きほぐしていく方法はある。

 

それが、

最初の方に書いた「20%で出す」である。

 

これには、

2つの効能がある。

 

1つ目は、

「自分の実力を直視する」こと。

 

ついつい、目を背けてしまいがちのことだが、

自分の実力を自分の目で見て確認することだ。

正しい現状認識。

言い換えれば、

「これが今の自分のスタート地点なのだと知る」ことになる。

 

そして、

2つ目は、

20%で出したものが「経験になる」こと。

 

やって初めて経験値を得ることができる。

やらないとゼロだが、

やったらゼロではない。

 

結局、

できるようになるか/ならないかは、

経験の量によるところが大きい。

 

全能感とプライドを

こじらせている人は、

「質」にこだわる傾向にあるが(←自分のこと)、

そういう人は圧倒的に「量」が足りていないことが多い。

 

経験に基いてから、

「質」のことを考えるという順序に

切り替えると、

上手くいくんじゃないかと、

今は考えている。

 

あとは

作業に取りかかれない根本的な原因に、

「自分にはできない」というルールや、

「できないことは悪いこと」というルールを

一緒に持っている場合が多い。

 

これらについては、

回を改めて書こうと思うが、

これらのルールを持っていたとしても、

「20%で出す」は有効だと思うので、

実践していこうと思う。